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​活動ブログ

2026年6月18日

INFP, ユング心理学, インタビュー, ENFJ

Type Story : アンジェロ・スポト (INFP)

Type Story : アンジェロ・スポト (INFP)

アンジェロ: 私はアメリカで生まれ、大学と大学院の時期を除いて、人生のほとんどをフロリダで過ごしました。


父はシチリア生まれで、母はタンパ生まれです。


はるみ: お父さまは、どんなタイプだったと思いますか?


アンジェロ: 父はESFPだったと思います。


男性としては、かなり珍しいタイプでした。


職業は印刷工でした。


大学には行っていません。


父は小学校で一度、高校で一度、合わせて二度飛び級をしていて、本当は大学に行きたがっていました。


でも、父の父親から「お前は家業を継ぐんだ」と言われたのです。


ささやかな家業ではありましたが。父は、できるだけ早くそこから離れました。



母もシチリア系で、母の家族のほうが少し裕福でした。


青果業を営んでいたのです。


戦時中、母は多くの女性たちと同じように、戦争協力の一環として造船所で働いていました。


父は戦争に出征し、ブロンズスター勲章とパープルハート章を受けました。


母は、おそらくISFJ寄りだったと思います。


はるみ: ごきょうだいはいらっしゃいましたか?


アンジェロ: 妹が一人います。


私と同じタイプ傾向で、INFPです。


私より5歳下です。


英文学で博士号を取得し、正教授になり、最近、セント・レオ大学の芸術科学部門の副学長を退職しました。


私たちは、お互いを邪魔しない距離感をよくわかっていました。


互いに余地と空間を与え合っていて、それがとてもよかったのです。


きょうだいとして、私たちはとても楽しい時間を過ごしました。


同じタイプの人と一緒にいることには、何かしら不利な点もあるかもしれません。


でも、私たちの場合はうまくいきました。


INFPは、しばしば孤立しているように感じたり、他者から切り離されているように感じたりすることがあります。


だから、INFP同士が一緒にいることは、よいことにもなり得るのです。



父は、家族にとても献身的な人でした。


シチリア人にとって、家族は一種の宗教のようなものです。



父が必ず守ってくれたことのひとつは、私に教育を受けさせることでした。



私はタンパのイエズス会系の高校に通い、その後、マサチューセッツ州ウースターにあるイエズス会系の大学、ホーリークロス大学に進みました。


ホーリークロスでは宗教学を専攻しましたが、それは本当に素晴らしい経験でした。


とても進歩的な授業が開かれていて、ホワイトヘッド、エリアーデ、カッシーラー、ティリッヒ、テイヤール・ド・シャルダンなどを学びました。


本当に素晴らしい内容でした。



ホーリークロスを卒業した後、私はボルチモアにある、いわば「無神論の砦」のようなジョンズ・ホプキンス大学へ進みました。


そこで私は「思想史」のプログラムに在籍していました。


これもまた、私にぴったり合った素晴らしいプログラムでした。



これらすべての経験が、私をユングへと向かわせる準備になっていたのです。


もっとも、大学でも大学院でも、私はユングに出会ったことはありませんでした。



ユングを自分で読み始めたのは、ホプキンスを離れてからのことです。


しかも、それは静かに、ひっそりとしたものでした。


まるで「クローゼットの中のユング派」のように。



昼間はタンパ市のレクリエーション部門で働いていました。


最初はコーチとして、その後は地区監督者として働きました。


生活費を稼ぐ必要があったのです。


多くの学生と同じように、私はかなりの学生ローンを抱えて大学院を離れました。


その返済には10年かかりました。



監督者として働いていた頃、周囲のほとんどの人はSTJやNTJでした。


私は少し、水の合わない魚のような感覚がありました。


それでも、うまくやっていました。


適応し、多くのことを学びました。



夜になると、ユング全集を読みながら、「これをどうやって自分の人生に取り入れていけばいいのだろう」と考えていました。


ユング全集は何度か通読しました。


もちろん、その中には今でもお気に入りがあります。



市で働いて10年目になる頃、この時期に私はユングの夢をたくさん見るようにもなっていました。





ユングとアンジェロ(ChatGPTによる再現)



ユングが夢に現れて、チューリッヒの湖の周りを私と一緒に歩きながら、私に話しかけてくるのです。


私はその夢が大好きでした。


人生のある時期、ユングと私は親友のようでした。


そして、それは今でも恋しく思うことのひとつです。


あのような形で彼と再びつながることはできていません。


でも、人生の大切な局面で、彼は現れてくれました。


そして私は、彼が私を心理学の大学院へ戻るよう導くうえで、重要な役割を果たしてくれたと信じています。



偶然ではないと思いますが、市で働いて10年目の年に、私は1年間で市の車を3台も壊しました。


3回目の事故では、バスのタイヤに衝突し、私の車は完全に大破しました。


バスには傷ひとつなく、誰もけがをしませんでした。


それでも私は、何か大きなことが起きているのだとわかりました。


物事は限界に達していました。


内側の世界と外側の世界が、どこか食い違い、対立しているような状態だったのです。


何かを変えなければなりませんでした。



私は、4回目の自動車事故が起こるだろうとわかっていました。


そしてその時点で、起きていることは生死に関わる問題になっていました。


私はまだ30代前半で、死ぬには早すぎました……引退するにも早すぎました! 


それで、3回目の事故の1週間後に辞表を提出し、ユング心理学に身を捧げることを決意しました。



はるみ: 夢の中で、ユングはあなたに何と言っていたのですか?


アンジェロ: ひと言も覚えていません。


まったく覚えていないんです。


覚えているのは、彼が手を後ろに組んで歩きながら、ずっと何かをしゃべっていたことだけです。


私は彼ととても深くつながっているように感じていましたし、その時間を一緒に過ごせたことに、とても感謝していました。


その夢は、私にとって非常に重要なものでした。



だから、私は人生を変えなければならなかったのです。


成長することを避けていると、物事はどんどん悪くなっていくことがあります。


私の場合、それはもう十分に悪くなっていました。


だから私は扉を開け、その先へ進むことができたのです。



私は大学院に戻り、分析心理学の修士号を取得しました。実地指導教員の中には3人の分析家がいて、彼らはとても助けになりました。


卒業後、セラピストとして州の認可を受けるために、2年間のスーパービジョンを受ける必要がありました。


それらをすべて終えた後、私は開業しました。


全体として、それはまさに典型的な中年期の出来事でした。



はるみ: では、その10年間を、あなたはどのように意味づけていますか?


アンジェロ: 長い間、そして市で働いていた頃、私は恨みのようなものを抱いていたと思います。


自分が本来いるべき場所にいないと感じていたからです。


でも同時に、生活費を払うために何をしなければならないかもわかっていました。


そのすべてが、いわば私を最前線に立たせてくれました。


私は、まさに現実の世界の中にいました。そして、非常に多くのことを学びました。



私は毎日、都心部の公園にいました。


そこでは、大学院では見ることのないようなことがたくさん起きていました。


現実の混乱や暴力がたくさんありました。


そして同時に、素晴らしいこともありました。


子どもたちが一緒に遊び、公園を聖域のように感じている姿です。


それがすべて含まれているのだと気づくまでに、少し時間がかかりました。


すべてが、そこに属していたのです。



はるみ: 日常の人生ですね。


アンジェロ: その通りです。


ええ、日常的なものです。


そして時には混沌としていて、時には暴力的で、時には、そうですね、素晴らしく、驚くべきものでもあるのです。



やがて私は自分の臨床を開業し、最終的に『Jung’s Typology in Perspective』という本を、Chiron Publicationsから出版することになりました。


Chironの共同所有者であるマリー・スタインが、その本を信じてくれました。


それは私にとって非常に重要なことでした。



また、キャサリン・マイヤーズもその本のことを耳にしました。


その本を通じて、彼女は私たちが同じ精神を持つ仲間のようだと感じたのだと思います。


それで彼女は私に電話をかけてきて、1995年にカンザスシティで開催された国際タイプ会議で基調講演をしてほしいと依頼しました。



最初、私は少し圧倒されました。


準備期間は1年ありました。


最終的には、非常にうまくいきました。


実際、それは一種のピーク体験のようなものでした。


その講演で私はスタンディングオベーションを受けました。


講演のタイトルは「MBTIについてユングなら何と言うか、そしてそれは重要なのか?」でした。


基本的には、MBTIのシャドウ側面についての話でした。



私は1,200人のMBTI愛好家の前に立っていました。


その中には、MBTIを教えることに深く関わり、それによって生計を立てている人たちもいました。


そして私は、MBTIのシャドウ側面について話そうとしていたのです。


私はいったい何を考えていたのでしょう!



スタンディングオベーションの最中、キャサリン・マイヤーズが舞台上の私のところへ来て、大きく抱きしめてくれました。そして彼女は、私にこうささやきました。


「あなたには、私の人たちと一緒に働いてほしいのです。」


彼女は、マイヤーズ=ブリッグスの類型論が、ユングのより大きなモデルと結びつき続けることに関心を持っていました。


そして、人々がユング的な水の中を自由に泳げるようにしたかったのです。


比喩を混ぜるなら、彼女は枝を木につなぎとめておきたかったのです。


木には、天へ伸びる枝があり、地中へ伸びる根があります。


だから、その枝が木につながっていれば、枝は養分を与えられ、力を得て、成長することができます。


もし枝を折り取ってしまえば、それは死んでしまいます。



その後20年間、私はキャサリンと彼女の仲間たちとともに、コネチカットのマーシー・センターでワークショップを行いました。



左から右へ:ジョン・スミス、クリス・イオッソ、ポーラ・スピッツィリ、アンジェロ・スポト、シンディ・パリス、ナタリー・シェルパック、クレア・ヘイマン、キャッシュ・キーエイ、ナン・ジメルト、キャシー・マイヤーズ、シャーリーン・チャンドラー、ダイアン・ミラー、ダニエル・ポワリエ、ロレッタ・サイモンズ、マイケル・コネリー。



彼女はグループに対して、テーマを選ぶように促していました。ユング的なテーマで、自分たちが関心を持っているものです。


私たちは、本当に驚くほど多くの内容を扱いました。



はるみ: キャサリン・マイヤーズは、どのような方でしたか?


アンジェロ: 彼女は気の強い人でした。


物事に対して、とてもはっきりした意見を持っていました。


ただ、それを人に押しつけることはありませんでした。


彼女は耳を傾け、受け止めます。


そして、ある時点になると、そのことについて彼女がどう感じているのかが伝わってくるのです。


何が彼女にとって正しく、何がそうではないのかがわかりました。



そこには生命力のようなものがあり、一種の好奇心もありました。


そしてもちろん、その指標に対する献身もありました。


彼女には開かれた姿勢があり、私は彼女と一緒に仕事をする中で、そのことをとてもありがたく感じていました。



彼女は信じられないほど成功した指標を持っていました。


しかし彼女にとって最も大切だったのは、一般的に理解されている類型論を超えた、個性化のプロセスでした。


マイヤーズ=ブリッグスに関して言えば、それはまるで「成功に呪われる」ようなものでもありました。



個性化のプロセスを見失ってしまうことがあるのです。



彼女はまた、自分自身をMBTIの守り手だと考えていました。


彼女が初めて私に話してくれたときのことを覚えています。


彼女はこう言いました。



「このマイヤーズ=ブリッグスは、まるで私には乗りこなせない野生の馬のようなのです。」



私は、それが彼女にとって、ある意味で圧倒的なものだったのだと思います。


それは、誰も予想していなかったほど大きな、元型的な現象でした。


それを守り導いていくことは、彼女自身の個性化のプロセスの一部でもありました。


彼女は、枝を木につなぎとめておくために、最善を尽くしていたのだと思います。



はるみ: おそらく、MBTIがより収益を生むものになっていく中でも、彼女自身の理想主義を生かし続けるために、あなたと一緒に仕事をしたかったのかもしれませんね。


アンジェロ: これは個性化との違いだと思います。


つまり、神、自己、他者、そして自然との関係の中で、自分が本来なるべき人になるということです。



自我心理学は、自我が望むものを、望むときに得られるように、物事を前へ進めようとします。


個性化は、それよりもはるかに複雑で、深く関わっていくものです。



はるみ: つまり、マイヤーズ=ブリッグスは自我心理学の方向へ進んでいったということですね。


アンジェロ: そうですね。


その文脈では有用だと思います。


そしておそらく、時間が経つにつれて、実用的な応用や自我心理学の方向へ、ますます発展し、動いていったのだと思います。



ユング的な仕事においては、自我を元型的自己へとつなげます。


つまり、自己は自我よりも大きいのです。


だからそれは、単に自我を発達させることだけではありません。


元型的自己とのつながりに関わるものです。


究極的には、全体性に関わるものなのです。



はるみ: あなたが話していることは、ビジネスに関わる人たちにとっても、とても大切に向き合うべきことだと思います。


お金を稼ぐようになり、この商品を売るための決断をしなければならなくなると、それは難しいことですから。



アンジェロ: それは本当に難しいことです。


マイヤーズ=ブリッグスを受けて、自分の4文字のコードを得たときには、浮き立つような感覚、高揚感があります。でも、そこにはシャドウの側面もあります。



はるみ: そうですね。痛みを伴いますよね。痛いことです。


アンジェロ: 痛みを伴います。あなたはもう一つの自我、暗い側面へ入っていくことになります。


私たちが抑圧し、押し込めてきたものです。


それを見たくはありません。でもユング的な仕事には、「シャドウの中には金がある」という表現があります。



はるみ: では、今この時期に、何を考慮する必要があるのでしょうか?




アンジェロ: そうですね。


もしマイヤーズ=ブリッグスが本当にその可能性を最大限に発揮しようとするなら、キャサリンと私がやろうとしていたこと、つまりMBTIをユングという木につなぎ続けることが必要だと思います。



そのためには、この指標を、無意識のプロセスや元型的自己と結びつけなければなりません。


本質的には、これは個性化のプロセスに関わるものなのです。



このように使うなら、マイヤーズ=ブリッグスは、あなたを魂や、より深い自己へとつなげてくれる指標になり得ます。



はるみ: それは、マーケティングしにくいですね。


アンジェロ: 私たちは、チームビルディング、対立のマネジメント、コミュニケーションスタイルといった実用的なことについて話すことはできます。


でもこれは同時に、個性化のための指標であり、魂のための仕事でもあるのです。



そして、はい、それは間違いなくマーケティングしにくいことです。


特に企業の場では、こう言われるでしょう。



「それは家に置いてきてください。私たちを巻き込まないでください」と。



はるみ: ああ、そうですね。


「どうか魂を職場に持ってこないでください」と。


では、なぜ私たちは枝をその木につなぎとめておく必要があるのだと思いますか?



アンジェロ: それは、そこにこそ、その可能性と本当の価値があるからです。



取材・文 権藤晴美

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